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    星になった君

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      JUGEMテーマ:自作小説

      深い闇が空を覆う真夜中、彼に裸の背を抱かれながら私は言った。
      「できちゃったみたいなの。」
      「・・・そう。」
      彼の言葉は短かったけれど、背中を抱きしめる腕に力がこもり、おでこが強く背中に当たるのを私は感じた。
      「どうしよう…。」
      答えはもう分かっているのに、私は聞いてみる。
      動かずに無言を貫く彼に震える声で言葉を絞り出す。
      「堕ろすしか、ないよね…。」
      しばらく静寂の時間が過ぎていく中で、私は彼の身体が小刻みに震えている事に気付く。
      その震えはだんだんと大きくなって、背中に熱いものが触れて流れていくのを感じた。
      一層強く私のことを抱きしめながら彼は全身を振るわせて声を出さずに泣いていた。
      背中に感じるのは熱い涙と必死で嗚咽を我慢しようとする彼の荒い息遣い。
      「私も泣いてしまいたい。」
      そう思うのに、背中にぴったりとくっついて泣いている彼に戸惑ってしまって、私はすっかり泣くタイミングを見逃してしまった。
      「うっ…、くっ…。」
      こらえ切れなくなってしゃくり上げて泣く彼の手をほどいて向き合う。
      彼は嗚咽を繰り返しながら、うつむいて真っ直ぐ私を見ようとしない。
      「ねえ?」
      私は彼にやさしく声を掛ける。
      彼の頭からほほをゆっくり撫でる。
      やさしく、やさしく、「泣き止んで。大丈夫だよ。」、っていう気持ちを込めて。
      少しずつ嗚咽が収まっていき、彼は涙を溜めた目で私を見上げる。
      ベットの上で。
      裸で向き合って。
      「ごめん、ね。」
      絞り出すように言った言葉と同時に瞬いた彼の両目からたくさんの涙が溢れた。
      「あなただけが悪いんじゃない。」
      私はぎゅっと彼の頭を胸に抱えてそうつぶやく。
      目に涙が浮かんだ。
      『そう、これは2人の過ち。』
      少し落ち着きを取り戻した彼は、まだ視線を漂わせながらも私に、
      「いつ分かったの?」
      と聞いた。
      「昨日。病院に行ってきたの。」
      私はさらりと言うつもりだったのに、とたんに涙が溢れた。
      それは待合室で見た、幸せそうな妊婦さんたちを思い出したから。
       
      いつも定期的に来る生理が遅れていた。
      でもあんまり気にしていなかった。
      ストレスとか、ダイエットとか、生理が遅れそうな要因に思い当たる節がいろいろあったから。
      でも3週間経って来なかった時、焦りが生じた。
      もしかして…。
      ドラッグストアで検査薬を買い、ビクビクしながら検査した結果に私は世界の終わりが来たような感覚を覚えた。
      それは自分の中に新しい命が宿っていることを示したものだけれども、愛する人との間に小さい命が灯ったことの証だったのだけれども、悪魔の宣戦布告の様に思えた。
      現状で産める訳がない事は分かっていた。
      2人とも自分が生きることで精一杯なのだ。
      やりたいことだって山ほどある中、子供を産み、育てる選択肢は選べない。
      だからって…、せっかく宿った命をいとも簡単に消してしまってもいいものだろうか?
      彼に知らせようかと携帯を取ってみたけれど、検査は間違いかもしれない、と思って止めた。
      そして次の日に産婦人科に行った。
      産婦人科の先生は「おめでたです」とは言ってくれなかった。
      私の顔を見れば言えなかっただろう。
      だってそうだろう、私は「何かの間違いであって欲しい」と願っていたのだから。
      それからすぐに中絶の話になって、まだ初期だからあまり体を傷つけないで済む事、費用もそんなに掛からない事などの説明を受けた。
      その時の診察に2万円かかった。
      学生の身としてはかなり痛いお金だけれど、これ位なら何とかなる。
      中絶費用も12万円と提示された。
      貯金が残っている。
      払えない事はない。
      ただ…、彼にはどう言おうか、悩んだ。
      「私たち二人の子供」だから。
      「言わない」という選択肢は無しだ。
       
      それで冒頭みたいなことになった。
      いつもの様にデートの約束をして、私が住んでいる独り暮らしのアパートに彼が来て。
      彼は今日もバイトで夜が遅かったから、こんな時間になってしまったのだけれど、なんだか態度がおかしい私に不信感を持ったこは間違いない。
      いつもは無邪気にベッドにダイブしてけらけら笑う彼が、私は服を脱いでベットに横になるのを待っていた。
      何があったのか、気になっただろうけれど、それがこんな事だったとは思いもよらなかったに違いない。
      背中を向けて横になって窓の方向をぼーっと見つめる私を後ろからそっと抱きしめて時が経って行った。
       
      私はうつむいたままの彼の顔が見たくて、彼のおでこをぐいっと持ち上げた。
      腫れぼったい目を真っ赤にして、驚いている彼の顔。
      びくんと彼は身体を震わせて視線を左右に漂わせ、しばらく落ち着かなかったのだけれど、そのあと少し目をつむって、開いて真っ直ぐ私の瞳を見た。
      悲しそうな笑みをたたえて。
      そしてそーっと手を私のお腹の上に持って行って触って、
      「この中に僕たちの子供が?」
      って聞いた。
      「そうだよ。」
      私は答えた。
      「幻の命だけどね。」
      ちょっと投げやりに私は言った。
      「違うよ、だってここにちゃんといるんだもの。」
      彼は答えた。
      「じゃあ、幻になっちゃう命だ。」
      私は言った。
      彼は正面からわたしを抱きしめて言った。
      「僕たちは罪を負って生きて行く事になるね。」
      と。
      せっかく宿った命を消してしまう事、それは罪だ。
      「きちんと避妊すべきだったね。」
      「そうだね。」
      軽く考えすぎていた、命のことを。
      自分たちは大丈夫、だなんて、何でそんなことを勝手に思い込んでいたんだろう?
      浅はか過ぎる。
      それがこんなに大きな心の傷になるなんて。
      一生背負わなければいけない罪が待っているなんて。
      「費用は全部僕が負担するよ。」
      「え、いいよ。」
      「君は身体に傷を作るけれど、僕は傷付く事はない。せめて費用だけは出させて。」
      深く澄んだ瞳にじっと見つめられて、私はうなずいた。
       
      私のお腹を優しくなでながら彼は言う。
      「ねえよくさあ、おじいちゃんとかおばあちゃんが死んじゃった時とかにさ、おじいちゃんはお空のお星さまになったんだよ、とか子供に言うじゃない。」
      「うん?」
      彼が言い出した事の意図がつかめずに曖昧な相槌を打つ。
      「だからさあ、僕たちの間にできたこの子もさ、幻になっちゃうんじゃなくて、お星さまになるんだ、って思う事にしない?」
      私が次の言葉を探しているうちに彼は続ける。
      「新しい星が誕生するんだよ。僕と君が生みの親の。夜空を見上げるとさあ、いつも僕たちの子が僕たちを見守ってくれているの。いつでも見上げれば会えるんだ。いつでも、いつでも、ね。」
      彼の発想はとても良い提案に思えた。
      なんだか自分たちの罪を軽くするような発言に聞こえる気もするけれど、逆に言えば、いつまでも忘れない事で、自分たちの犯してしまった罪を償い続ける事ができるのかもしれない、とも思った。
      「それ、いいね。そうしよう。」
      私は言った。
      「名前はなんて付ける?」
      「今は春だから、春っぽい名前がいいね。」
      「男の子か女の子か分からないから、中性的なのがいいかな。」
      「じゃあ、こんなのは?」
      「ああ、それは素敵ね。」
      「決まりだね。」
       
      手術日の夕方、彼は迎えに来た。
      「一人で大丈夫だよ。」
      って言ってはみたんだけれど、本当はすごく心強かった。
      一緒に病院に行って、先生に会った。
      彼は先生に深々と頭を下げ、
      「この度はよろしくお願いします。」
      と言った。
       
      目覚めると全てが終わっていた。
      「起きた?」
      優しく彼が声を掛けてくれる。
      手術後は麻酔が切れて目覚めれば帰宅してもいいのだ。
      ただまあ、23日は安静にして、処方されたお薬を飲むのだけれど、それで終わりなのだ。
       
      なんともあっけないように感じた。
      さっきまではいて、今はもういない。
      それなのに何で何も変わったように感じないんだろう?
       
      手を繋いで私のアパートへ帰った。
      彼が、今までよりもっと、もっと愛おしく思えるようになった気がした。
      この人を幸せにする事こそが、私の役目なんだ、と。
       
      お星さまになった君。
      君は幻なんかじゃなくて、確かに存在していたんだよ。
      だってほら、見上げるといつもいるんだもの。
      見守っていてね、パパとママを。




       
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      posted by: MYU | 小説 | 16:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - |